ぶらり中川崎

中川崎に行ってきました。

山の手セレブ西川崎と工場地帯東川崎の中間、歴史のある中川崎です。

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まずは身代わり不動尊。
厄除・交通安全祈願の身代り不動として多くの参拝客で賑う「川崎身代り不動尊」。元禄年間、武蔵の国荏原郡に悪疫が流行した際、諸国を行脚していた祐天上人が不動尊を尊信するよう教え、土地の人々がこれを信仰したところ悪疫が去ったことに由来するといいます。

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しばられ松。
昔、相模の国の或る六部(六十六部の経典を寺々に納める修行僧)がこの地で百日咳に苦しみ亡くなったと、また一説には、修行僧がこの地で穴の中で鉦を叩き念仏を唱えて修行していたが、「この鉦の音が止んだら死んだと思ってくれ」と言い残して死んだことから、この地に松を植樹した。生い茂るに従い、その異様な樹勢に植樹の由来を重ね、近在の人々は霊験あらたかなるものを覚えて「聖松」と崇めました。そして人々は、子供が百日咳に罹ると素縄を左に編んで「聖松」に縛り、治癒の願をかけた。病が治ると、右縄を編み幹に縛り直して願ほどきをしたという。「しばられ松」命名の由来です。
 落雷に打たれて枯木になりながらも、しっかりと根を張り、その姿は写真でご覧のとおり、一層「聖松」に相応しいです。


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等覚院
参道を登り仁王門(におうもん)(1882年建立)を進むと整備された境内が広がり、正面に安政年間(1854~60)に再建された本堂が建っています。 本尊は秘仏で拝むことは出来ませんが、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』では、一尺五寸(約45cm)の不動明王立像と伝えています。現在、この秘仏本尊が納められる厨子(ずし)の前に、市の重要歴史記念物に指定されている木造薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)が安置されています。この像は、もと江戸茅場町にある智泉院の本尊として祀られていたものです。
住宅街を抜けるといきなり壮大な山門があらわれます。圧倒されます。

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山門にはやたらセミの抜け殻がびっちりついていました。



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東高根森林公園

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県立東高根森林公園は、多摩丘陵の懐かしい自然を伝える、公園です。東名高速道路と市営緑ヶ丘霊園に隣接した場所にあります。 県指定史跡や県指定天然記念物「東高根のシラカシ林」が広域にある、都会のオアシス公園です。 施設内にはパークセンター、古代芝生広場、子供広場、湿生植物園があり、自然の中、あらゆる場所で植物を愛でなが水や遊具で遊べます

現在、古代芝生広場になっている場所は、昭和43年から昭和44年の住宅地の開発によって、弥生時代から古墳時代にかけて営まれた竪穴住居跡が発見され、また、周囲のシラカシ林(推定樹齢150~200年)が、学術上非常に価値の高い植物群落であることが判明しました。

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溝口神社。
創建年代は不明。 江戸時代神仏習合のお社として、矢倉沢往還(大山道)の溝ノ口宿近在の村々の総鎮守として赤城社と称した。当時は毘沙門天と弁財天を祀っていた。[3] 明治維新後、神仏分離の法により、溝ノ口村(片町・上宿・中宿・下宿・六軒町・六番組)の総鎮守として祀るべく新たに伊勢神宮より新たに天照大神を勧請して社号も溝口神社と改めました。

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