訃報 上田昭夫氏 死去

上田昭夫さんが23日午前7時39分亡くなりました。62歳でした。異常タンパク質が全身の臓器に沈着し、機能障害をおこす難病「アミロイドーシス」で療養中だったとのこと。 東京都出身。慶應商学部在学中からラグビー部で活躍し、日本代表にも選ばれました。大学卒業後、トヨタ自動車に入社。31歳のとき、母校慶應義塾ラグビー部監督に就任。1986年、決勝で自身が勤務するトヨタを破り日本選手権優勝に導きました。94年に再び母校のラグビー部の監督に返り咲き、2000年に同部総監督として全国大学選手権で優勝しました。

歴史にうとい私の中では早稲田の監督は宿沢氏、そして慶應は上田氏という印象があります。両者とも頭脳明晰、社会人としても活躍、そして活弁です。

最後の活弁こそ学生を指導する人には一番必要とされる能力だと思います。学生はまだ子供。黙って雰囲気でわからせる教育はどだい無理な話であり情熱的に語り尽くして成長させることが望まれます。そんな指導者の代表だったと思います。

そして解説の仕事では、ラガー出身者は押しなべてボソボソ喋る方が多い中明瞭快活な語り口が心地よい。
また秩父宮競技場では場内FMがお気に入りでした。地上波とは違うので選手の高校時代の裏話を延々したり
ワンプレーを取り上げて長時間解説し続けたり、時には「えー今のノットロールとらないの?ええ?そのまま続けるの?」などレフ批判など、その自由さにはスタンドも共有しながら笑いあっていました。

そしてノーサイド後の地下鉄内でもよく見かけました。1、2試合分場内FMで喋り倒したのに連れの方とまだ嬉しそうにラグビー談議をされていました。本当にラグビーが好きなんだとわかります。



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カトリック東京カテドラル関口教会内 聖マリア大聖堂

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いずれにせよ若い、早すぎます。通夜の参列者も大物が勢ぞろいでした。通夜は1時間しかありません。
OBラガーマンらしき若者が終了間際、喪服姿のまま集団で江戸川橋駅の階段をドドドドっと走りのぼっていく光景はいかにも慶應上田さんの通夜という感じでした。上田さんが腕組して笑いながらみているようでした。

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日本開催ワールドカップは目の前でした。格好のスポークスマン候補だっただけに残念です。いや、ご本人が一番無念だったことでしょう。

どうぞやすらかに。 合掌。


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